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神経科学の常識が変わる?運動中の副交感神経に着目した最新研究を解説
00:00: 導入
851:25: リサーチクエスチョン
1041:44: 方法論
1803:00: 結果
1983:18: 研究の長所と限界
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解説のポイント
- 自律神経系の常識とされてきた考え方とは?
- 運動中に副交感神経の活動が活発化することを示唆した最新研究
- エキスパートが伝える「優れた論文」を書くためのコツ
この研究の背景は?
自律神経研究の常識=運動時は副交感神経の活動が低下
私たちの心臓は自然に拍動を起こす組織であり、中枢神経系がこの拍動に大きく影響を及ぼすことは広く知られています。特に、自律神経系の2つの制御系統、交感神経系と副交感神経系は心臓の鼓動の速さを決定づけます。こうした心拍の制御は運動時に特に重要です。一般的に運動中は、酸素を多く必要とする筋肉への血流を増やすために心拍数が増加しますが、これは、心拍数を低下させる働きを持つ副交感神経の活動が低下し、心拍数を上昇させる交感神経が活発化することで生じると考えられています。
エキサイティングな研究手法・結果
しかし、今回紹介する研究「 Immediate and sustained increases in the activity of vagal preganglionic neurons during exercise and after exercise training」は、このような運動中の自律神経の一般的な認識が常に正しいわけではない、ということを提唱しています。
この論文を執筆した研究チームは、運動中の心拍数を低下させる機能を持つ副交感神経ニューロン(迷走神経前駆ニューロン)の活動を、ラットを用いて調査しました。
以下が研究の流れです。
- ラットに麻酔をかける
- 坐骨神経を交互にリズミカルに刺激する運動パラダイムを使用(麻酔中でも運動と同様の動きを再現することができる)
- 運動を模倣させた状態で、副交感神経ニューロンが含まれることで知られる脳内の「疑核」と呼ばれる領域のニューロンの活動を記録する
実験の結果、運動状態を模倣している最中に、副交感神経ニューロンの活動は低下するどころか、逆に活発化することが明らかになりました。心拍数の増加は、副交感神経が活発に機能していても、活発化した交感神経によって打ち消されることで生じていたのです。
専門分野内外への研究のインパクトは?
この研究で得られた結果は、従来の自律神経と心拍数の関係に関する認識とは反対の事象が成り立つことを示しており、従来の常識に一石を投じる驚くべき研究結果となりました。
運動中の自律神経系の活動
|
従来の考え方 |
研究結果 |
交感神経 |
活動が活発化 |
活動がさらに活発化 |
副交感神経 |
活動が低下 |
活動が活発化 |
今後も自律神経の働きの解明が進み、医療をはじめとした様々な分野への応用が進むことに期待がかかります。
エダンズのエキスパートが独自の視点で切り込む!
神経科学部門の研究者として様々な業績を積み重ねてきたデビッドには、この研究はどのように映ったのでしょうか?
弱点を乗り越えるための努力を惜しまない!
デビッドは、この論文が研究の限界を素直に認めた上で、その限界を克服するための努力を惜しまなかった点を称賛しています。
具体的には、この研究の観察対象であった疑核のニューロンに心拍を司る機能が備わっていると断言できなかったため、研究チームは心臓に副交感神経のアウトフローを供給する機能を持つ、胸部の心臓迷走神経枝を直接記録するための手術を行いました。この手術は非常に難しいものであり、研究に対する著者らの熱意が見えてきます。
交絡因子についてはしっかりと記述を
一方で、「ニューロンの発火パターンについてより詳しく論じられていると、さらに優れた論文になっただろう」とデビッドは語ります。
心臓が鼓動するたびに変動する傾向を持つ血圧の影響により、副交感神経ニューロンの発火パターンには心臓のリズムが出やすいため、その影響を丁寧に説明しておくとさらに論理的な論文となったでしょう。
このように、外部的な要因についても考えられる限り丁寧に論じることで、優れた論文を書くことができるのです。
いかがでしたか?
今回は運動中の中枢神経の働きに関する論文を、エダンズのエキスパート、デビッド・ファーマーが解説しました。今後も興味深い研究について発信を続けていきますので、お楽しみに!
エキスパートのご紹介
デビッド・ファーマー(David Farmer)
デビッド・ファーマーは、グラスゴー大学で肺高血圧における肺循環の薬理学的変調に特化した研究でPhDを取得。オーストラリアに移住後は、メルボルン大学およびフローリー神経科学・精神健康研究所で先進的な博士後研修に取り組み、交感神経系の階層、心臓迷走神経の起源、自律神経による先天免疫機能の調整、そして咳の神経生物学といった分野での電気生理学的研究に従事。学問的な業績だけでなく、独特でユーモアに溢れるキャラクターでも知られ、公の場での科学の普及活動に熱心で、印刷媒体やラジオメディアでの活動、さらにはメルボルン国際コメディフェスティバルでのパフォーマンスでもその魅力を発揮。現在、モナッシュ大学の神経科学部門にて、研究員としてその才能を活かしている。